く病みし渡れば、月|累《かさ》ね憂ひ吟《さまよ》ひ、ことごとは死ななと思へど、五月蠅《さばへ》なす騒ぐ児等を、棄《うつ》てては死《しに》は知らず、見つつあれば心は燃えぬ」云々というのが此短歌にも出ている。「障《さや》る」は、障礙《しょうがい》のことで、「百日《ももか》しも行かぬ松浦路《まつらぢ》今日行きて明日は来なむを何か障《さや》れる」(巻五・八七〇)にも用例がある。
 この歌の好いのは、ただ概括的にいわずに、具体的に云っていることで、こういう場面になると、人麿にも無い人間の現実的な姿が現出して来るのである。「出ではしり去ななともへど」というあたりの、朴実とでも謂うような調べは、憶良の身に即《つ》き纏《まと》ったものとして尊重していいであろう。なお此処《ここ》に、「富人《とみびと》の家《いへ》の子等《こども》の着る身無《みな》み腐《くた》し棄つらむ絹綿らはも」(巻五・九〇〇)、「麁妙《あらたへ》の布衣《ぬのぎぬ》をだに着せ難《がて》に斯くや歎かむ為《せ》むすべを無み」(同・九〇一)という歌もあるが、これも具体的でおもしろい。そして、これだけの材料を扱いこなす意力をも、後代の吾等は尊重
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