ってはこういう云い方には深い情味をこもらせ得たものであっただろう。そのほか穿鑿《せんさく》すればいろいろあって、例えばこの歌には加行の音が多い、そしてカの音を繰返した調子であるというような事であるが、それは幾度も吟誦すれば自然に分かることだから今はこまかい詮議立《せんぎだて》は罷《や》めることにする。契沖は、「我が背子」を「御供ノ人ヲサシ給ヘリ」といったが、やはりそうでなく御一人をお指《さ》し申したのであろう。また、この歌に「小松にあやかりて、ともにおひさきも久しからむと、これ又長寿をねがふうへにのみして詞をつけさせ給へるなり」(燈)という如き底意があると説く説もあるが、これも現代人の作歌稽古のための鑑賞ならば、この儘で素直に受納《うけい》れる方がいいようにおもう。

           ○

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吾《わ》が欲《ほ》りし野島《ぬじま》は見《み》せつ底《そこ》ふかき阿胡根《あこね》の浦《うら》の珠《たま》ぞ拾《ひり》はぬ 〔巻一・一二〕 中皇命
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 前の続きで、中皇命の御歌の第三首である。野島は紀伊の日高郡日高川の下流に名田村大字野島があり、
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