ったのに、今となって残念でならぬ、というのである。
この歌の「知る」は前の歌の「知る」と稍違って、知れている、分かっている程の意である。次に、「あをによし」という語は普通、「奈良」に懸る枕詞であるのに、憶良は「国内」に続けている。そんなら、「国内」は大和・奈良あたりの意味かというに、そう取っては具合が悪い。やはり筑紫の国々と取らねばならぬところである。そこで種々説が出たのであるが、憶良は必ずしも伝統的な日本語を使わぬ事があるので、或は、「あをによし」の意味をただ山川の美しいというぐらいの意に取ったものと考えられる。(憶良は、「あをによし奈良の都に」(巻五・八〇八)とも使っている。)次に、この歌は、初句から、「くやしかも」と置いているのは、万葉集としては珍らしく、寧ろ新古今集時代の手法であるが、憶良は平然としてこういう手法を実行している。もっともこの手法は、「苦しくも降り来る雨か」などという主観句の短いものと看做《みな》せば説明のつかぬことはない。
この歌を味うと、内容に質実的なところがあるが、声調が訥々《とつとつ》としていて、沁《し》み透《とお》るものが尠《すくな》いので、つまりは
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