かでない。
 一首の意は、世の中が皆空・無常のものだということを、現実に知ったので、今迄よりもますます悲しい、というのである。
「知る時し」は、知る時に、知った時にという事であるが、今迄は経文により、説教により、万事空寂無常のことは聞及んでいたが、今|現《げん》に、自分の身に直接に、眼《ま》のあたりに、今の言葉なら、体験したという程のことを、「知る」と云ったのである。同じ用例には、「うつせみの世は常無《つねな》しと知るものを」(巻三・四六五。家持)、「世の中を常無きものと今ぞ知る」(巻六・一〇四五。不詳)、「世の中の常無きことは知るらむを」(巻十九・四二一六。家持)等がある。そこで「いよよますます」という語に続くのである。この歌には、仏教が入っているので、「空しきものと知る」というだけでも、当時にあっては、深い道理と情感を伴う語感を持っていただろう。一口にいえば思想的にも新しく且つ深かったものだろう。それが年月によって繰返されているうち、その新鮮の色があせつつ来たのであるが、旅人のこの歌頃までは、いまだ諳記《あんき》してものを云っているようなところのないのを鑑賞者は見免《みのが》しては
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