志貴皇子の御歌で「市柴《いつしば》」は巻八(一六四三)に「この五柴《いつしば》に」とあるのと同じく、繁った柴のことだといわれている。「いつしかと」に続けた序詞だが、実際から来ている序詞である。「大原」は高市郡小原の地なることは既に云った。この歌で心を牽《ひ》いたのは、「今夜逢へるかも[#「今夜逢へるかも」に白丸傍点]」という句にあったのだが、この句は、巻十(二〇四九)に、「天漢《あまのがは》川門《かはと》にをりて年月を恋ひ来し君に今夜《こよひ》逢へるかも」というのがある。
なお、この巻(五二四)に、「蒸《むし》ぶすまなごやが下に臥せれども妹とし寝《ね》ねば肌《はだ》し寒しも」という藤原麻呂の歌もあり、覚官的のものだが、皇子の御歌の方が感深いようである。此等の歌は取立てて秀歌という程のものでは無いが、ついでを以て味うの便となした。
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庭《には》に立《た》つ麻手《あさて》刈《かり》り干《ほ》ししき慕《しぬ》ぶ東女《あづまをみな》を忘《わす》れたまふな 〔巻四・五二一〕 常陸娘子
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藤原|宇合《うまかい》(藤原不
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