、「吾妹子」と、「見し人」とは同一人である。「人」は後に、「根はふ室の木見し人」、「人も無き空しき家」といってある如く、妻・吾妹子の意味に「人」を用いている。旅人の歌は明快で、顫動《せんどう》が足りないともおもうが、「見し人ぞ亡き」に詠歎が籠っていて感深い歌である。

           ○

[#ここから5字下げ]
妹《いも》と来《こ》し敏馬《みぬめ》の埼《さき》を還《かへ》るさに独《ひとり》して見《み》れば涙《なみだ》ぐましも 〔巻三・四四九〕 大伴旅人
[#ここで字下げ終わり]
 前の歌と同様、旅人が帰京途上、摂津の敏馬海岸を過ぎて詠んだものである。「涙ぐましも」という句は、万葉には此一首のみであるが、古事記(日本紀)仁徳巻に、「やましろの筒城《つつき》の宮にもの申すあが背《せ》の君《きみ》は(吾兄《わがせ》を見れば)泪《なみだ》ぐましも」の一首がある。この句は、この時代に出来た句だから、大体の調和は古代語にある。そこで、近頃、散文なり普通会話なりに多く用いる、「涙ぐましい」という語は不調和である。
 この歌は、余り苦心して作っていないようだが、声調にこまかいゆらぎがあって、奥
前へ 次へ
全531ページ中209ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング