を好み勉強もしたことは類聚歌林《るいじゅうかりん》を編んだのを見ても分かる。併し大体として、日本語の古来の声調に熟し得なかったのは、漢学素養のために乱されたのかも知れない。巻一(六三)の、「いざ子どもはやく大和《やまと》へ大伴《おほとも》の御津《みつ》の浜松待ち恋ひぬらむ」という歌は有名だけれども、調べが何処か弱くて物足りない。これは寧ろ、黒人の、「いざ児ども大和へ早く白菅《しらすげ》の真野《まぬ》の榛原《はりはら》手折《たを》りて行かむ」(巻三・二八〇)の方が優《まさ》っているのではなかろうか。そういう具合であるが、憶良にはまた憶良的なものがあるから、後出の歌に就いて一言費す筈である。
 大伴家持の歌に、「春花のうつろふまでに相見ねば月日|数《よ》みつつ妹待つらむぞ」(巻十七・三九八二)というのがある。此は天平十九年三月、恋緒を述ぶる歌という長短歌の中の一首であるが、結句の「妹待つらむぞ」はこの憶良の歌の模倣である。なお「ぬばたまの夜渡る月を幾夜|経《ふ》と数《よ》みつつ妹《いも》は我待つらむぞ[#「我待つらむぞ」に白丸傍点]」(巻十八・四〇七二)、「居りあかし今宵は飲まむほととぎす
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