て」につづく。「家ゆ出でて三年がほどに」、「痛足《あなし》の川ゆ行く水の」、「野坂の浦ゆ船出して」、「山の際《ま》ゆ出雲《いづも》の児ら」等の用例がある。また「ゆ」は見渡すという行為にも関聯しているから、「見れば」にも続く。「わが寝たる衣の上ゆ朝月夜《あさづくよ》さやかに見れば」、「海人《あま》の釣舟浪の上ゆ見ゆ」、「舟瀬《ふなせ》ゆ見ゆる淡路島」等の例がある。前に出た、「御井《みゐ》の上より鳴きわたりゆく」の「より」のところでも言及したが、言語は流動的なものだから、大体の約束による用例に拠って極めればよく、それも幾何学の証明か何ぞのように堅苦しくない方がいい。つまり此処で赤人はなぜ「ゆ」を使ったかというに、作者の行為・位置を示そうとしたのと、「に」とすれば、「真白にぞ」の「に」に邪魔をするという微妙な点もあったのであろう。
赤人の此処の長歌も簡潔で旨《うま》く、その次の無名氏(高橋|連《むらじ》虫麿か)の長歌よりも旨い。また此反歌は古来人口に膾炙《かいしゃ》し、叙景歌の絶唱とせられたものだが、まことにその通りで赤人作中の傑作である。赤人のものは、総じて健康体の如くに、清潔なところが
前へ
次へ
全531ページ中183ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング