歌を読むといつも不思議な或るものを感じて今日まで来たのであった。それは、「夜見つるかも」という句にあって、この「夜」というのに、特有の感じがあると思うのである。作者は、「夜の田児浦」をばただ事実によってそういっただけだが、それでもその夜の感動が後代の私等に伝わるのかも知れないのである。
 補記。近時|沢瀉《おもだか》久孝氏は田児浦を考証し、「薩※[#「土へん+垂」、第3水準1−15−51]《さった》峠の東麓より、由比、蒲原を経て吹上浜に至る弓状をなす入海を上代の田児浦とする」とした。

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田児《たご》の浦ゆうち出でて見れば真白《ましろ》にぞ不尽《ふじ》の高嶺《たかね》に雪《ゆき》は降《ふ》りける 〔巻三・三一八〕 山部赤人
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 山部宿禰赤人《やまべのすくねあかひと》が不尽山《ふじのやま》を詠んだ長歌の反歌である。「田児の浦」は、古《いにし》えは富士・廬原の二郡に亙った海岸をひろく云っていたことは前言のとおりである。「田児の浦ゆ」の「ゆ」は、「より」という意味で、動いてゆく詞語に続く場合が多いから、此処は「打ち出で
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