鳥、湖上の低い空に群れ啼いている千鳥で、古代造語法の一つである。一首の意は、淡海《おうみ》の湖に、その湖の夕ぐれの浪に、千鳥が群れ啼いている。千鳥等よ、お前等の啼く声を聞けば、真《しん》から心が萎《しお》れて、昔の都の栄華のさまを偲ばれてならない、というのである。
 この歌は、前の宇治河の歌よりも、もっと曲折のある調べで、その中に、「千鳥汝が鳴けば」という句があるために、調べが曲折すると共に沈厚なものにもなっている。また独詠的な歌が、相手を想像する対詠的歌の傾向を帯びて来たが、これは、「志賀の辛崎|幸《さき》くあれど」とつまりは同じ傾向となるから、ひょっとしたら、巻一の歌と同時の頃の作かも知れない。
 巻三(三七一)に、門部王《かどべのおおきみ》の、「飫宇《おう》の海の河原の千鳥汝が鳴けば吾が佐保河の念ほゆらくに」があり、巻八(一四六九)に沙弥《さみ》作、「足引の山ほととぎす汝が鳴けば家なる妹し常におもほゆ」、巻十五(三七八五)に宅守《やかもり》の、「ほととぎす間《あひだ》しまし置け汝が鳴けば吾《あ》が思《も》ふこころ甚《いた》も術《すべ》なし」があるが、皆人麿のこの歌には及ばないのみ
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