詞にしない説を立てた。この御歌には、「影に見えつつ」とあるから、前の御歌もやはり写象のことと解することが出来るとおもう。「見し人の言問ふ姿面影にして」(巻四・六〇二)、「面影に見えつつ妹は忘れかねつも」(巻八・一六三〇)、「面影に懸かりてもとな思ほゆるかも」(巻十二・二九〇〇)等の用例が多い。
 この御歌は、「人は縦し思ひ止むとも」と強い主観の詞を云っているけれども、全体としては前の二つの御歌よりも寧《むし》ろ弱いところがある。それは恐らく下の句の声調にあるのではなかろうか。

           ○

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山吹《やまぶき》の立《た》ちよそひたる山清水《やましみづ》汲《く》みに行《ゆ》かめど道《みち》の知《し》らなく 〔巻二・一五八〕 高市皇子
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 十市皇女《とおちのひめみこ》が薨ぜられた時、高市皇子《たけちのみこ》の作られた三首の中の一首である。十市皇女は天武天皇の皇長女、御母は額田女王《ぬかだのおおきみ》、弘文天皇の妃であったが、壬申《じんしん》の戦後、明日香清御原《あすかのきよみはら》の宮(天武天皇の宮殿)に帰って居られた。天武天皇七
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