おおきみ》の作った長歌の反歌である。軍王の伝は不明であるが、或は固有名詞でなく、大将軍《いくさのおおきみ》のことかも知れない(近時題詞の軍王見山を山の名だとする説がある)。天皇の十一年十二月伊豫の温湯《ゆ》の宮《みや》に行幸あったから、そのついでに讃岐安益郡(今の綾歌《あやうた》郡)にも立寄られたのであっただろうか。「時じみ」は非時、不時などとも書き、時ならずという意。「寝る夜おちず」は、寝る毎晩毎晩欠かさずにの意。「かけて」は心にかけての意である。
一首の意は、山を越して、風が時ならず吹いて来るので、ひとり寝る毎夜毎夜、家に残っている妻を心にかけて思い慕うた、というのである。言葉が順当に運ばれて、作歌感情の極めて素直にあらわれた歌であるが、さればといって平板に失したものでなく、捉《とら》うべきところは決して免《の》がしてはいない。「山越しの風」は山を越して来る風の意だが、これなども、正岡子規が嘗《かつ》て注意した如く緊密で巧《たくみ》な云い方で、この句があるために、一首が具体的に緊《し》まって来た。この語には、「朝日かげにほへる山に照る月の飽かざる君を山越《やまごし》に置きて」(巻
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