るが、かしこみ、触り、わたる、おきてという具合に稍《やや》小きざみになっているのは、作歌的修練が足りないからである。併《しか》し此歌では、「磯に触り」という語と、「父母を置きて」という語に心を牽《ひ》かれて取っておいた。この男は妻のことよりも「父母」のことが第一身に応《こた》えたのであっただろう。また「磯に触り」の句は、「大船を榜《こ》ぎの進みに磐《いは》に触り覆《かへ》らば覆《かへ》れ妹によりてば」(巻四・五五七)という例があるが、「磯|毎《ごと》にあまの釣舟|泊《は》てにけり我船泊てむ磯の知らなく」(巻十七・三八九二)があるから、幾度も碇泊《ていはく》しながらという意もあるだろう。しかし「触り」に重きを置いて解釈してかまわない。一寸前にも云ったが、防人の歌に父母のことを云ったのが多い。「水鳥の立ちのいそぎに父母に物言《ものは》ず来《け》にて今ぞ悔しき」(巻二十・四三三七)、「忘らむと野行き山行き我来れど我が父母は忘れせぬかも」(同・四三四四)、「橘の美衣利《みえり》の里に父を置きて道の長道《ながて》は行きがてぬかも」(同・四三四一)、「父母が頭《かしら》かき撫《な》で幸《さ》く在れていひし言葉ぞ忘れかねつる」(同・四三四六)等である。
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百隈《ももくま》の道《みち》は来《き》にしをまた更《さら》に八十島《やそしま》過《す》ぎて別《わか》れか行《ゆ》かむ 〔巻二十・四三四九〕 防人
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防人、助丁刑部直三野《すけのよぼろおさかべのあたいみぬ》の詠んだ歌である。一首の意は、これまで陸路を遙々《はるばる》と、いろいろの処を通って来たが、これからいよいよ船に乗って、更に多くの島のあいだを通りつつ、とおく別れて筑紫へ行くことであろうというので、難波から船出するころの歌のようである。専門|技倆《ぎりょう》的に巧でないが、真率《しんそつ》に歌っているので人の心を牽《ひ》くものである。この歌には言語の訛《なまり》が目立たず、声調も順当である。
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蘆垣《あしがき》の隈所《くまど》に立《た》ちて吾妹子《わぎもこ》が袖《そで》もしほほに泣《な》きしぞ思《も》はゆ 〔巻二十・四三五七〕 防人
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上総市原郡、上丁刑部直千国《かみつよぼろおさかべのあたいちくに》の作である。出立のまぎわに、蘆《あし》の垣根の隅《すみ》の処に立って、袖もしおしおと濡《ぬ》れるまで泣いた、妻のことが思出されてならない、というので、「蘆垣の隈所」というあたりは実際であっただろう。また、「泣きしぞ思はゆ」も上総の東国語であるだろう。或は前にも「おも倍由」というのがあったから、必ずしも訛でないかも知れぬが、「泣きしぞ思ほゆる」というのが後の常識であるのに、「ぞ」でも「思はゆ」で止めている。「しほほ」も特殊で、濡れる形容であろうが、また、「しおしおと」とか、「しぬに」とも通うのかも知れない。
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大君《おほきみ》の命《みこと》かしこみ出《い》で来《く》れば我《わ》ぬ取《と》り着《つ》きていひし子《こ》なはも 〔巻二十・四三五八〕 防人
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上総|周淮《すえ》郡、上丁|物部竜《もののべのたつ》の作。下の句は、「我《わ》に[#「に」に白丸傍点]取り着きて言ひし子ろ[#「子ろ」に白丸傍点]はも」というのだが、それが訛《なま》ったのである。「我ぬ取り着きていひし子なはも」の句は、現実に見るような生々《いきいき》したところがあっていい。当時にあっては今の都会の女などに比して、感動の表出が活溌で且つ露骨であったとおもうのは、抑制が社会的に洗練せられないからであるが、歌として却って面白いのが残っている。「道のべの荊《うまら》の末《うれ》に這《は》ほ豆のからまる君を離《はか》れか行かむ」(同・四三五二)も同じような場面だが、この豆蔓《まめづる》の方は間接に序詞を使って技巧的であるが、それでも、豆蔓のからまるところは流石《さすが》に真実でおもしろい。
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筑波嶺《つくばね》のさ百合《ゆる》の花《はな》の夜床《ゆどこ》にも愛《かな》しけ妹《いも》ぞ昼《ひる》もかなしけ 〔巻二十・四三六九〕 防人
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常陸那賀郡、上丁|大舎人部千文《おおとねりべのちぶみ》の作である。「夜床《よどこ》」をユドコと訛ったから、「百合《ゆる》」のユに連続せしめて序詞とした。併し、「筑波嶺のさ百合の花の」までは、ただの空想でなく郷土的実際の見聞を本《もと》としたのが珍らしいのである。「かなしけ」は、「かなしき」の訛。一首の意は、
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