》を立てずして帰り来るべしや」(古義)かのいずれにかになる。「あられ降り」を「鹿島」の枕詞にしたのは、霰《あられ》が降って喧《かしま》しいから、同音でつづけた。カマカマシ、カシカマシ、カシマシとなったのだろうと云われて居る。こういう技巧も既に一部に行われていたものか、或はこの作者の発明か。

           ○

[#ここから5字下げ]
ひなぐもり碓日《うすひ》の坂《さか》を越《こ》えしだに妹《いも》が恋《こひ》しく忘《わす》らえぬかも 〔巻二十・四四〇七〕 防人
[#ここで字下げ終わり]
 他田部子磐前《おさたべのこいわさき》という者の作。「ひなぐもり」は、日の曇り薄日《うすび》だから、「うすひ」の枕詞とした。一首は、まだようやく碓氷峠《うすいとうげ》を越えたばかりなのに、もうこんなに妻が恋しくて忘れられぬ、というのであろう。当時は上野からは碓氷峠を越して信濃《しなの》に入り、それから美濃《みの》路へ出たのであった。この歌は歌調が読んでいていかにも好く、哀韻さえこもっているので此辺《このへん》で選ぶとすれば選に入るべきものであろう。「だに」という助詞は多くは名詞につくが、必ずしもそうでなく、「棚霧《たなぎ》らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代《しろ》に添へてだに見む」(巻八・一六四二)、「池のべの小槻《をつき》が下の細竹《しぬ》な苅りそね其をだに君が形見に見つつ偲ばむ」(巻七・一二七六)等の例がある。

           ○

[#ここから5字下げ]
防人《さきもり》に行くは誰《た》が夫《せ》と問《と》ふ人《ひと》を見《み》るが羨《とも》しさ物思《ものも》ひもせず 〔巻二十・四四二五〕 防人の妻
[#ここで字下げ終わり]
 昔年《さきつとし》の防人《さきもり》の歌という中にあるから、天平勝宝七歳よりもずっと前のものだということが分かる。またこれは防人の妻の作ったもののようである。一首は、見おくりの人だちの立《たち》こんだ中に交って、防人に行くのは誰ですか、どなたの御亭主ですか、などと、何の心配もなく、たずねたりする人を見ると羨《うらやま》しいのです、というので、そういう質問をしたのは女であったことをも推測するに難くはない。まことに複雑な心持をすらすらと云って除《の》けて、これだけのそつの無いものを作りあげたのは、そういう悲歎と羨望《せんぼう》の心とが張りつめ
前へ 次へ
全266ページ中258ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング