・三九一五〕 山部赤人
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 山部宿禰赤人《やまべのすくねあかひと》詠[#二]春※[#「嬰」の「女」に代えて「鳥」、下−147−5][#一]歌一首であるが、明人と書いた古写本もある(西本願寺本・神田本等)。「野づかさ」は野にある小高い処、野の丘陵をいう。「野山づかさの色づく見れば」(巻十・二二〇三)の例がある。一首は、もう春だから、鶯《うぐいす》等は山や谷を越え、今は野の上の小高いところで鳴くようにでもなったか、というので、一般的な想像のように出来て居る歌だが、不思議に浮んで来るものが鮮《あざや》かで、濁りのない清淡とも謂《い》うべき気持のする歌である。それだから、家の内で鶯の声を聞いて、その声の具合でその場所を野づかさだと推量する作歌動機と解釈することも出来るし、そうする方が「山谷越えて」の句にふさわしいようにもおもうが、併しこの辺のことはそう穿鑿《せんさく》せずとも鑑賞し得る歌である。「ひさぎ生ふる清き河原に」の時にも少し触れたが、つまりあのような態度で味うことが出来る。巻十七の歌をずうっと読んで来て、はじめて目ぼしい歌に逢着《ほうちゃく》したとおもって作者を見ると赤人の作である。赤人の作中にあっては左程でもない歌だが、その他の人の歌の中にあると斯くの如く異彩を放つ、そういう相待上《そうたいじょう》の価値ということをも吾等は知る必要があるのである。

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降《ふ》る雪《ゆき》の白髪《しろかみ》までに大君《おほきみ》に仕《つか》へまつれば貴《たふと》くもあるか 〔巻十七・三九二二〕 橘諸兄
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 聖武天皇の天平《てんぴょう》十八年正月の日、白雪が積って数寸に至った。左大臣|橘諸兄《たちばなのもろえ》が大納言|藤原豊成《ふじわらのとよなり》及び諸王諸臣を率《い》て、太上天皇《おおきすめらみこと》(元正天皇)の御所に参候して雪を掃《はろ》うた。時に詔《みことのり》あって酒を賜《たま》い肆宴《とよのあかり》をなした。また、「汝諸王卿等|聊《いささ》か此の雪を賦《ふ》して各《おのおの》その歌を奏せよ」という詔があったので、それに応《こた》え奉った、左大臣橘諸兄の歌である。「降る雪の」は正月のめでたい雪に縁《よ》ってこの語があるのだが、「白髪」の枕詞の格に用いた。「白髪までに」は白髪
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