思はなくに」が一首の眼目で、あなたをば深く思いつめて居ります、という恋愛歌である。そこで葛城王の場合には、あなたを粗略にはおもいませぬというに帰着するが、此歌はその女の即吟か、或は民謡として伝わっているのを吟誦したものか、いずれとも受取れるが、遊行女婦《うかれめ》は作歌することが一つの款待《かんたい》方法であったのだから、このくらいのものは作り得たと解釈していいだろうか。この一首の言伝《いいつた》えが面白いので選んで置いたが、地方に出張する中央官人と、地方官と、遊行女婦とを配した短篇のような趣があって面白い歌である。伝説の文の、「右手持[#レ]水、撃[#二]之王膝[#一]」につき、種々の疑問を起しているが、二つの間に休止があるので、水を持った右手で王の膝をたたくのではなかろう。「之」は助詞である。
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寺寺《てらでら》の女餓鬼《めがき》申《まを》さく大神《おほみわ》の男餓鬼《をがき》賜《たば》りて其《そ》の子《こ》生《う》まはむ 〔巻十六・三八四〇〕 池田朝臣
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池田朝臣《いけだのあそみ》(古義では真枚《まひら》だろうという)が、大神朝臣奥守《おおみわのあそみおきもり》に贈った歌である。一首の意は、寺々に居る女の餓鬼どもは大神《おおみわ》の男餓鬼《おとこがき》を頂戴してその子を生みたいと申しておりますよ、というので、大神奥守は痩男《やせおとこ》だったのでこの諧謔《かいぎゃく》が出たのであろう。「寺々の女餓鬼」というのは、その頃寺院には、画だの木像だのがあって、三悪道の一なる餓鬼道を示したものがあったと見える。前に、「相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼のしりへに額《ぬか》づく如し」(巻四・六〇八)とあったのを参考すれば、木像のようにおもわれる。何れにせよ、この諧謔が自然流露の感じでまことに旨《うま》い。古今集以後ならば俳諧歌《はいかいか》、滑稽歌《こっけいか》として特別扱をするところを、大体の分類だけにして、特別扱をしないのは、万葉集に自由性があっていい点である。また、当時は仏教興隆時代だから、餓鬼などということを人々は新事物として興味を感じていたものであっただろう。ウマハムはウマムという意でウマフという四段活用の動詞である。
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仏《ほとけ》造《つ
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