点]大起、飛鳥驚駭」とある如きである。併《しか》しその火が天に燃えていてもかまわぬだろう。いずれにしても「天《あめ》の火《ひ》」とくだいたのは好い。なお娘子には、「天地の至極《そこひ》の内《うち》にあが如く君に恋ふらむ人は実《さね》あらじ」(巻十五・三七五〇)というのもある程だから、情熱を以て強く宅守に迫って来た女性だったかも知れない。また贈答歌を通読するに、宅守よりも娘子の方が巧《たくみ》である。そしてその巧なうちに、この女性の息吹《いぶき》をも感ずるので宅守は気乗《きのり》したものと見えるが、宅守の方が受身という気配《けはい》があるようである。

           ○

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あかねさす昼は物思《ものも》ひぬばたまの夜はすがらに哭《ね》のみし泣かゆ 〔巻十五・三七三二〕 中臣宅守
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 これは中臣宅守《なかとみのやかもり》が娘子《おとめ》に贈った歌だが、この方は気が利《き》かない程地味で、骨折って歌っているが、娘子の歌ほど声調にゆらぎが無い。「天地の神なきものにあらばこそ吾《あ》が思《も》ふ妹に逢はず死《しに》せめ」(巻十五・三七四〇)、「逢はむ日をその日と知らず常闇《とこやみ》にいづれの日まで吾《あれ》恋ひ居らむ」(同・三七四二)などにあるように、「天地の神」とか、「常闇」とか詠込んでいるが、それほど響かないのは、おとなしい人であったのかも知れない。

           ○

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帰《かへ》りける人《ひと》来《きた》れりといひしかばほとほと死《し》にき君かと思ひて 〔巻十五・三七七二〕 狭野茅上娘子
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 娘子《おとめ》が宅守《やかもり》に贈った歌であるが、罪をゆるされて都にお帰りになった人が居るというので、嬉しくて死にそうでした、それがあなたかと思って、というのであるが、天平十二年罪を赦《ゆる》されて都に帰った人には穂積朝臣老《ほづみのあそみおゆ》以下数人いるが、宅守はその中にはいず、続紀《しょくき》にも、「不[#レ]在[#二]赦限[#一]」とあるから、此時宅守が帰ったのではあるまい。この「殆《ほとほ》と死にき」をば、殆《あやう》しの意にして、胸のわくわくしたと解する説もあり、私も或時《あるとき》にはそれに従った。併し、「天の火もがも」を肯定するとすると、「ほとほと死に
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