げき里に住まずは今朝鳴きし雁にたぐひて行かましものを」(同・一五一五)という御歌がある。皇女のこの御歌も、穂積皇子のこの御歌と共に読味うことが出来る。共に恋愛情調のものだが、皇女のには甘く逼《せま》る御語気がある。

           ○

[#ここから5字下げ]
秋《あき》の田《た》の穂田《ほだ》を雁《かり》がね闇《くら》けくに夜《よ》のほどろにも鳴《な》き渡《わた》るかも 〔巻八・一五三九〕 聖武天皇
[#ここで字下げ終わり]
 天皇御製とあるが、聖武《しょうむ》天皇御製だろうと云われている。「秋の田の穂田を」までは序詞で、「刈り」と「雁」とに掛けている。併しこの序詞は意味の関聯があるので、却って序詞としては巧みでないのかも知れない。御製では、「闇《くら》けくに夜のほどろにも鳴きわたるかも」に中心があり、闇中《あんちゅう》の雁、暁天に向う夜の雁を詠歎したもうたのに特色がある。「夜のほどろ我が出《いで》てくれば吾妹子が念へりしくし面影に見ゆ」(巻四・七五四)等の例がある。

           ○

[#ここから5字下げ]
夕月夜《ゆふづくよ》心《こころ》も萎《しぬ》に白露《しらつゆ》の置《お》くこの庭《には》に蟋蟀《こほろぎ》鳴《な》くも〔巻八・一五五二〕 湯原王
[#ここで字下げ終わり]
 湯原王《ゆはらのおおきみ》の蟋蟀《こおろぎ》の歌で、夕方のまだ薄い月の光に、白露のおいた庭に蟋蟀が鳴いている。それを聞くとわが心も萎々《しおしお》とする、というのである。後世の歌なら、助詞などが多くて弛《たる》むところであろうが、そこを緊張せしめつつ、句と句とのあいだに、間隔を置いたりして、端正で且つ感の深い歌調を全《まっと》うしている。「心も萎《しぬ》に」は、直ぐ、「白露の置く」に続くのではなく、寧ろ、「蟋蟀鳴く」に関聯しているのだが、そこが微妙な手法になっている。いずれにしても、分かりよくて、平凡にならなかった歌である。

           ○

[#ここから5字下げ]
あしひきの山《やま》の黄葉《もみぢば》今夜《こよひ》もか浮《うか》びゆくらむ山川《やまがは》の瀬《せ》に 〔巻八・一五八七〕 大伴書持
[#ここで字下げ終わり]
 大伴|書持《ふみもち》の歌である。書持は旅人の子で家持の弟に当る。天平十八年に家持が書持の死を痛んだ歌を作っているから大体その年に
前へ 次へ
全266ページ中160ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング