心中に邪魔をするものがあつていづれとも決定しかねて二たび踵を返した。T君は途々《みちみち》にも、あれくらゐの声は練習さへすれば人工でも出来る。それに高い月給を払ひ一家相伝の技術として稽古《けいこ》させてゐるのかも知れないなどといふ説をも建てた。そこでO先生を除くほかは、若い浄土宗門の僧侶《そうりよ》であるM君も、それから私も、あの仏法僧鳥の声は人工の声だといふ説に傾きながら帰路についた。時は十時半を過ぎてゐた。
その途中で一人の青年に会つた。その青年は矢張り比叡山上で私等と一しよに歌の修行をし、会の散じてから単独で高野に来、今やはり仏法僧鳥を聴きに奥の院に行く途中なのであつた。
『今しきりに啼いてゐるところだから、非常にいい都合だ。ただ君に頼むがね、何時ごろ迄啼き続けてゐるか面倒だが確かめて呉れませんか。僕等はKといふ宿坊にゐるから明日の朝|一寸《ちよつと》知らして呉れたまへ』
かうT君が青年に頼み、何か期するところがあるやうな面持《おももち》で歩いた。その時にはもういつのまにか大きな月が出て、高野の満山を照らして居り、空気が澄んでゐるので光が如何《いか》にも美しく、悪《あく》どく
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