二つゐるやうにも思へる。私は木曾《きそ》に一晩|宿《とま》つたとき、夜ふけて一度この鳥のこゑを聴いたことがあるので、その時にはもう仏法僧鳥と極《き》めてしまつてゐた。
『O先生、いよいよ啼きだしました。T君もM君も来ませんか』
四人は杉の樹の根方《ねかた》の処に蹲跼《しやが》み、樹にもたれ、柵の処に体をおしつけてその声を聴いてゐる。声は、木曾で聴いたのよりも、どうも澄んで朗かである。私は心中|秘《ひそ》かに、少し美し過ぎるやうに思つて聴いてゐたが、その時に既に心中に疑惑が根ざしてゐた。併《しか》し声は蔑《あなど》るべからずいい声である。その澄んで切実な響は、昼啼く鳥などに求めることの出来ない夜鳥の特色を持つてゐた。
そのうち、声は段々近寄つて来た。
さうして聴くと鳥はまさしく二つ居て、互に啼いてゐるのである。鳥は可なり高い樹の梢で啼くらしいが、少くとも五六町を隔ててゐる。私等は約一時間その声を聴いた。
『どうも有難い。ようございましたね』
O先生はかう云はれた。四人は踵《きびす》を返した。
『これで愈※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》、後生《ごしやう》も悪くはないやうな
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