き》の女中の、院化《ゐんげ》はんも来なはるとで攻め立てられては三宝鳥も駄目ですよ』
『山はこれでも可なり深いらしいですがね。どれ、小便《おしつこ》でもして来るかな』
『もつと奥の方でなさいよ。ここだつて霊場ですから』
『承知しました』
杉と檜《ひのき》と鬱蒼《うつさう》として繁《しげ》つて、真昼でも木下闇《こしたやみ》を作つてゐるらしいところに行き、柵《さく》のところで小用《こよう》を足した。そのへんにも幾つか祠《ほこら》があり、種々の神仏《しんぶつ》が祭つてあるらしいが、夜だからよくは分からない。老木の梢《こずゑ》には時々|木兎《みみづく》と蝙蝠《かうもり》が啼いて、あとはしんとして何の音もしない。
それから小一時間も過ぎてまた小用を足しに来た。小用を足しながら聴くともなく聴くと、向つて右手の山奥に当つて、実に幽《かす》かな物声がする。私は、『はてな』と思つた。声は、cha―cha といふやうに、二声《ふたこゑ》に詰まつて聞こえるかと思ふと、cha―cha―cha と三声のこともある。それが、遙《はる》かで幽かであるけれども、聴いてゐるうちにだんだん近寄るやうにも思へる。それから
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