五十銭、吉野山見物|車《くるま》ちん。五十銭、同所寺に参詣費。三十銭、吉野口駅より高野口駅迄切符代。五十銭、昼飯料。二円六十銭、籠《かご》に乗賃払。七円五十銭、日ぱい料北室院に上げる。
 五月七日。旧三月廿四日。晴天。朝の八時より参詣|致《いたす》。総参詣人一日へいきん二万人以上づつ有《ある》由《よし》。午後一時より高野山より下り高野口駅え午後四時に著。是より粉河《こかは》駅え著。かなも館支店宿泊。一円、参詣費。一円五十銭、北室院宿料。五十銭、荷物|負賃《おひちん》。一円、途中小使。五十銭、昼飯料。五十銭、車賃《くるまちん》。四十銭、汽車賃。
 これを見ると、父は十年前に高野山にのぼり偶然にも北室院に宿泊して、宿料が一円五十銭なのに、日牌料《につぱいれう》七円五十銭も上げてゐる、これは、僕の母のために供養《くやう》して貰つたのに相違ない。母は大正二年に歿《ぼつ》したのだから、大正四年は三回忌に当る都合である。父の日記に拠《よ》ると、高野山を半日参詣して直《す》ぐその午後には下山して居る。仏法僧鳥《ぶつぽふそう》を聞かうともせず、宝物《はうもつ》も見ず、大門の砂のところからのびあがつて、
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