母は僕を父のところに連れて行つた。僕は恐る恐るすでに結痂した男根図を父に見せた。父も母も共に笑つた。叱《しか》られるつもりのところ叱られなかつたので僕も大きなこゑを立てて笑つた。その晩に父はどろどろした油薬《あぶらぐすり》のやうなものを拵《こしら》へて来て塗つて呉れた。さうすると二三日で痂が取れて行つた。そこへまた油薬のやうなものを塗つて呉れた。ひどく苦んだ漆瘡《しつさう》の男根図はかくのごとくにしてつひに直つた。瘡《かさ》は極く『平凡』に癒《い》えた。
『はじめは脱兎《だつと》の如く』と云つておいて、そして、『をはりは処女《しよぢよ》のごとし』と云ふあたりは、味《あぢは》つてみるとどうも旨《うま》いところがある。ただ余り陳腐になつてゐるから、今までそれを味はぬのであつた。その陳腐さは、レオナルド・ダ・ヴインチの画《ゑが》いた、モナ・リザ・ジヨコンダの像のやうなものであつた。そして僕の漆瘡《しつさう》物語の結末が消えるやうにして無くなつてしまつたときに、この諺《ことわざ》、警句をおもひ起したのであつた。おもひ起して味つてみるとどうも言方に旨いところがあつた。僕は心中ひそかに満足をおぼえ
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