道は『雪解《ゆきどけ》みち』になつて、朝のうちは氷つても午《ひる》過ぎからは全くの泥道で、歩くのにまた難儀なのが幾日も幾日も続く。さういふ時には草鞋《わらぢ》は毎日一足ぐらゐづつ切れた。八つか九つになつた僕はかうして毎日学校へ通つた。
 それを通越すと、道の片隅の方などに乾いたところが見え初めてくる。それが日一日と大きくなり、向うの方に見えてゐた乾いたところと連続してしまふ。さういふ土の乾いたところを、子ども達は『草履道』と云つて、そこを踏んで躍上《をどりあ》がつて喜んだ。
 街道の雪が消え、日あたりの林の雪が消え、遠山を除いて、近在の山の雪が消えると、春が一時に来てしまふ気持である。太陽はまばゆいやうに耀《かがや》く。木の芽がぐんぐん萌《も》えはじめる。苞《つと》をやうやく破つたばかりの、白つぽいやうな芽だの、赤味を帯びたやうなものだの、紫がかつたものだの、子供等は道ぐさ食ひながらさういふ木の芽をぽきりと摘んで口の中で弄《もてあそ》ぶものもゐる。雲雀《ひばり》は空気を震動させて上天の方にゐるかとおもふと、閑古鳥《かんこどり》は向うの谿間《たにま》から聞こえる。楢《なら》、櫟《くぬぎ》
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