がかけてあつて、そこに諏訪の諸君があたつてゐた。暫くして先づ伴さん、中村憲吉君、僕の三人が部屋に入つて行つた。部屋は新築したばかりの書斎である。いままでのは、書斎も客間も一しよで、書きものなどの散らばつてゐる時には困るといふので、元の土間の処に書斎を造つたのであつた。そこの炬燵に赤彦君は俯伏《うつぶ》して、頭のところに両手を固く組んでゐる。伴さんは来意《らいい》を告げた。すると赤彦君は辛うじて顔をあげ、それから両手を張つて姿勢を正し、そして、『ありがたう』と云つた。こゑは低くそして幽《かす》かであつた。そしてその儘また俯伏してしまつた。赤彦君の顔面は今は純黄色に変じ、顔面に縦横《じゆうわう》無数の皺《しわ》が出来、頬《ほほ》がこけ、面長《おもなが》くて、一瞥《いちべつ》沈痛の極度を示してゐた。
『だいぶ痩《や》せたなあ』と僕は云うた。すると赤彦君は、『冷静だ。極めて冷静だ』と云ひながらその儘俯伏してゐた。僕は咽《のど》のつまるやうにおぼえて唯『うん』と云うたのみであつた。僕はその時、三月十二日に、古今《ここん》書院主人橋本福松君が※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]蔭山房をたづ
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