@といふ語を僕は聯想すべきであらうか否かとふと思つたが、それは恐らく無益であらう。大地震で日本はひどい目にあつて、僕も少しはもののあはれを感じたやうな気がするからである。ただ僕は「口づけ」といふ日本語はどうもまづいと思つてゐたから、いまだにそれが気にかかつてゐる。
そんなら、「口すひ」を活かすかと謂ふに、神の額に接吻したり、女の手をおし戴いて接吻したりする場合には「口すひ」ではなくなつて来る。僕はいつぞや、「おきな草にくちびる触れてかへりしが」などといふ歌を拵《こしら》へたことがあり、ある詩人は既に「くちふれよ」「くちふれあひて」とも用ゐて居る。
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補遺。耶蘇降生千八百八十三年米国聖書会社明治十六年日本横浜印行。訓点旧約全書には「其子に吻接[#「吻接」に白丸傍点]せよ」「我に吻接[#「吻接」に白丸傍点]せよ」「父に吻接[#「吻接」に白丸傍点]す」などとあつて、ここでは「吻接[#「吻接」に白丸傍点]」になつて居る。この漢訳から思付いて、邦訳が「接吻[#「接吻」に白丸傍点]」としたのかも知れぬ。右、長崎高等商業学校武藤教授の教示を忝《かたじけな》うした。なほ大方博学君子の教示を冀《こひねが》つて僕の文を補はうと思ふ。
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底本:「現代日本文學大系 38 齋藤茂吉集」筑摩書房
1969(昭和44)年11月29日初版第1刷発行
2000(平成12)年1月30日初版第16刷発行
入力:しだひろし
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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