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「さやうなら」
こんな会話がとりかはされた。その男は、幸福に、so grosse といふ形容詞をつけて、両手を大きくひろげて見せたりした。
Kobenzl は、維也納の背後に控へてゐる、いはゆる維也納森林帯《ウイネルワルド》の一部をなしてゐる山峰である。Kahlenberg《カーレンベルク》, Leopoldsberg《レオポルヅベルク》, Hermannskogel《ヘルマンスコーゲル》 などはその姉妹山峰と看做《みな》していい。維也納の背後に維也納森林帯のあるのは、伯林《ベルリン》の背後に緑林帯《グリユーネワルド》のあるにひとしい。ただ緑林帯の稍人工的なるに比して、維也納森林帯はおのづからなる寂びと落付とをもつてゐる。
僕は Kobenzl にたどりついた。僕は太陽に向つて開運をいのつた。少年のころ、東海の生れ故郷でしたやうに、異邦の山上にたどりついて、目を瞑《つぶ》り首を垂れたのであつた。すると細い細い絹糸のやうな悲哀がこころの奥からいでてくるのをおぼえた。
そこの家かげに残つてゐる堅雪のうへで、童子どもがスキーの真似ごとをして遊んでゐる。棒きれを足にくくり付けて辷る真似をするのであるから、童子どもはころころと転がつた。ここから見おろす維也納の街は、はるかに黄褐色の靄《もや》につつまれてゐる。その澄みがたき靄のなかに寺の尖塔がかすかに見えてゐる。午後一時ごろここの食店で簡単に午食を取つた。安料理の匈牙利《ハンガリー》グラシユが、一万五千クロネであるから、なるほど、「あそこの飯は少し高いよ」であつた。僕は食後の※[#「口+加」、第3水準1−14−93]※[#「口+非」、第4水準2−4−8]《コーヒー》をしづかに飲ほしてそこを出た。
ある人の銅像などが立つてゐる。そこを過ぎると宏大な市有のホテルがあり、いま閉ぢてゐる。その裏は直ぐ森林に続いてゐる。道は落葉にうづまり、雪解の水で靴を没するほどである。僕は爪先あがりの山道をなづみながら上つて行つた。森林はおほむね落葉樹林であるが、ところどころに松の木が繁つてゐて松かぜのおとがする。のぼつて行く山道のあるところに水が湧いて、そこに少しばかり青い小草《をぐさ》が生えてゐる。「かりうどのみづ」などいふ小さい木札がぶらさがりゐる。
そこを通つてのぼり行くと、規模が開けて大きくなつて来てゐる。木立が高く、ひろ
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