ごしたが、午後から夕にかけて蟻《あり》を見るのが楽しみで、いつもそれで気をまぎらせてゐた。蟻はよく戦をした。ある時かういふことがあつた。大きい蟻の足を小さい蟻が銜《くは》へてどうしても離さない。大きい蟻が怒つて車輪の如くに体をまはす、小さい蟻はそのままに廻《ま》はされ、埃を浴びて死んだやうになる。それでも銜へた大蟻の足を離さない。また大蟻がそのまま小さい蟻を牽《ひ》いて行かうとすると、さう容易には牽いて行かれない。大きい蟻は車輪の如くにまはす運動を繰返して小さい蟻を押潰《おしつぶ》さうとするが、小さい蟻はそれに任せて置いて、一時死んだやうになるが、死んでは居ない。そのうち大きい蟻が疲れて運動が鈍くなつて来た。それでも歩かうとする。さうなると今|迄《まで》死んだやうになつてゐた小さい蟻が、むくむくと動き出して、あべこべに大きい蟻を牽くやうな恰好《かつかう》をする。これは実におもしろい。実にすばらしい習性である。さう自分は心に思つて、夕飯まへまでそれを見つめて居た。そしてひよつとすると、これは小さい蟻の勝になるかも知れない。目下の形勢では小さい蟻に分がある。大きい蟻が小さい蟻を一気に噛《か
前へ
次へ
全9ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング