い。山水といえども同じことである。
郷里の上ノ山の小学校には時々郡長が参観に来た。江嘉氏であったとおもうが鹿児島出身の老翁で、英吉利《イギリス》軍艦に談判に行った一行の一人であった。校長に案内されて郡長は紙巻の煙草《たばこ》をふかしながら通る。ホールで遊んでいる児童が立って敬礼をする。そのあとに煙草の煙の香《かおり》が残る。煙は何ともいえぬ好《よ》い香《かおり》で香ばしいような酸っぱいような甘いような一種のかおりである。少年の私はいつもその香に淡い執著を持つようになっていた。しかるに東京に来て見ると、うちの代診も書生どももかつて郡長の行過ぎたあとに残ったような香のする煙草を不断吸っている。ひそかにそれを見ると皆舶来の煙草である。そしてパイレートというのの中には美人だの万国の兵士だのの附録絵がついているので私もそれを集めるために秘《ひそ》かに煙草を買うことがある。煙草ははじめは書生にくれていたが、時には火をつけてその煙を嗅《か》ぐことがある。もともと煙の香に一種の係恋《けいれん》を持っていたのだから中学の三年ごろから、秘かに煙草|喫《の》むことをおぼえて、一年ぐらい偶※[#二の字点、1
前へ
次へ
全34ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
斎藤 茂吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング