最上川
斎藤茂吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)弄《ろう》しはじめた

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)鮎|旨《うま》かつたなえ
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 最上川は私の郷里の川だから、世の人のいふ『お国自慢』の一つとして記述することが山ほどあるやうに思ふのであるが、私は少年の頃東京に来てしまつて、物おぼえのついた以後特に文筆を弄《ろう》しはじめた以後の経験が誠に尠《すくな》いので、その僅《わづか》の経験を綴《つづ》り合せれば、ただ懐しい川として心中に残るのみである。
 十三歳の時に上山《かみのやま》小学校の訓導が私等五人ばかりの生徒を引率して旅に出た。第一日目は上山の裏山越をして最上川畔のドメキ(百目木)といふところに一泊した。ここに来ると川幅はもう余ほど広く、こんな広い川を見るのは生れて初てである。また向うの断崖《だんがい》に沿うた僅ばかりの平地をば舟を曳《ひ》いてのぼるのが見える。人が二、三人前こごみにのめるやうにして綱を引いてのぼつてゐる。かういふ光景もまた生れて初てである。暮方になる。川の規模の大きいのを見てゐると、今度は小さい帆を張つた舟が
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