張がその奇怪な爪を磨くのもこの邊であり、そしてそれが龍土會の機構でゝもあるかの如く、一部からは買ひかぶられ、また嫉視されてゐたをりがあつたことかとも思はれる。少くとも龍土會は當時の文壇からあやしまれてゐたにちがひない。
かやうな外間の推測は無理もないとは云ふものゝ、それはまた誤解であつた。何故かと云ふに、會員の間には龍土會を神輿のやうに擔ぎ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、何かにつけて地歩を占めたり、利を圖らうとするが如き考をもつたものはただの一人もなかつたからである。その上共同の利害のために會そのものを働かせた事實すらなかつたのである。龍土會は謂はば一の微小なる移動的倶樂部の如きものであつたに過ぎない。その會合で文藝上の共通の新空氣が導入され、自由な思想の交流が行はれたことは眞實であつたとしても、會員たるものは、誰に遠慮會釋をするでもなく、それぞれの途を勝手に歩いてゐたまでゝある。各自が我儘放題な振舞をなしつゝも、殆ど十年間に亙つて毎月一囘は必ず席を同うして談論し、興に乘りては美酒を酌み交はして一夕の歡を盡したことは、今から追想して見て、何としても一の不思議であつたと
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