ここらで考を打切ることにした。そしてうつろな目で外の景色を眺めていた。
蝉が鳴いているという。庭木にはまだ移って来ない。山の森で鳴いているのだという。耳しいた鶴見にはそれがわびしい。森に埋まった丘陵の青緑は反射する日光を映発して金色を彩《いろど》っている。鶴見はその鮮やかな金色の中から鳴く蝉の一声を絞り取ろうとして、ひたすらに聞きすましている。
[#天から3字下げ]すべな すべな 耳しひをぢが ふつ ふつと 聞えぬ蝉に ほほけ言いふ
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竜宮小僧
輪廻《りんね》思想には動物が必然に随伴する。植物はそれに与《あずか》らない。人間が植物に変形するといわれても、それは輪廻世界においてのことではない。植物には能動的な行為がないからである。植物は種子を留めぬ限り、同じ生物でも強い個性を持たぬだけに自然の元素に分解されやすい。動物には妄執がある。特に錯綜した妄念によって繋がれているのが人間である。人間はそこに罪深くも思想として迷妄世界を建立する。嗔恚《しんい》と悔恨とが苛責《かしゃく》の牙《きば》を噛む。
人間の霊はその迷妄世界をさまよって、形なきところに形を求める
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