。鶴見は自分の言の平凡を嫌わない。彼は事実は事実として、そこから鴎外に対する見方をこの頃変えて来たのである。人はそれを聞いたなら不遜《ふそん》だといって非難するであろう。しかしそれをも意に介せない。鶴見はこれによって鴎外の声価を少しも損ねようとは思っていないのである。
鴎外にも弱点はあった。鴎外は自己を知り過ぎるくらい知っていた。その弱点というのは、自負の心である。消極的にいえば『舞姫』以来のニルアドミラリである。それを自己の性癖として絶えず抑えつけている。鴎外が寛容を示そうとしたのはそのためである。それにもかかわらず自己制圧の手の下から逸《そ》れて僅に表面にあらわれて来たのが、例の難渋なあそび[#「あそび」に傍点]である。現実離れのした遊刃《ゆうじん》余りありというようなわけではあるまい。所詮は鴎外の諦めても諦らめられぬ鬱悶を消する玩具であろう。不平もあれば皮肉もある。嫌味《いやみ》も交る。しかしそこには野趣がある。鴎外はここではじめて胸襟《きょうきん》を開いて見せる。いわば羽目を外《はず》すのである。鶴見は今ではその事を面白いと思っている。
あれは鴎外の玩具の操作である。しかも
前へ
次へ
全232ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
蒲原 有明 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング