に供えようと考えている。これは已《や》むに已まれぬ執著に外ならない。執著の業には因がある。その業因は彼の未生以前《みしょういぜん》に遡《さかのぼ》る。目を遣《や》れば遣るほど計り知れぬ劫初《ごうしょ》にきざしているといってもなお及ばない。生は限りなく連続する。鶴見は、今そこに輪廻《りんね》を観じているのである。
 空無に見えるのは、それが一切であるからである。鶴見は今空無そのものを若返りの贖物にささげようとする。よしやそれが贖物の千位の一位にも足らぬものであろうとも、美衣も珍饌《ちんせん》も重宝も用をなさぬ永遠の若返りのために、彼はそうすることを欲しているのである。犠牲となる空無の羊は屠《ほふ》られもしよう。屠られはしても、流されたその血しおにはやがて流転する生の因子が含まれていよう。
 鶴見はまた溜息をついた。そして遠い所を見渡すようにしていたが、見当さえも定めかねた目に先《ま》ず映じたものは、時空のけじめを超えて、涯《はて》しもなく蠢《うごめ》く世界の獣の如き幻影である。それにもかかわらず彼の執著はなおもこの茫漠たる世界の雲霧を披《ひら》いて、執著を執著する一心の姿を辿って見ようと
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