って、その効果が一面|抜目《ぬけめ》がなく如才のない性格を彼に附与した。それがために時としては狡猾《こうかつ》とさえ思われた。
 泡鳴はいつも物質に惑溺《わくでき》していて、その惑溺のうちに恋愛と神性とを求めていた。彼は暫くも傍観者として立ってはいられなかった。人生に対する観察はいよいよ手馴らされ、皮肉になり、それと共に彼の好奇心は弥《いや》が上にも昂進して行った。
 鶴見はこの頃になって、泡鳴をバルザックに比較して考えて見るようになった。両者の間に相似点がある。押詰めて検討して行けばおもしろかろうなどと思っている。
 泡鳴の晩年にはそういう状態が既に熟していたが、鶴見を銭湯に促がした時分の泡鳴にも早くそれらの傾向は現われていたのである。好奇の心を養うためには犠牲を要する。その犠牲に手を伸《のば》す貪婪《どんらん》さを彼ぐらい露骨に示したものも少かろう。鶴見が銭湯に誘《さそ》われたのを犠牲と呼ぶには当らないが、どういうものか、そういうような気持がふと心のなかを掠《かす》めて行った。僻目《ひがめ》であろうかと恐れたが、それかといって、その疑を払拭する反証をも捉え得なかった。
 鶴見は気張
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