《あ》い、その果《はて》はとうとう屋形のうしろの断崖から突き落されてこと切れた。無慚《むざん》な伝説であるが、伝説はまだ終らない。名家の屋形にはけちがついたのである。姫の怨念《おんねん》は八重垣落しの断崖のあたりをさまよっていて、屋形に凶事《きょうじ》のある前には気味のわるい笑い声がしきりに聞え、吉事《きつじ》にはさめざめと哭《な》くけはいがする。怨念というものを信じていた時代のことである。それがどれだけか、屋形の空気を暗くしていたことだろう。

 明治維新後はさすがの名家も急劇に衰えた。それには世間の圧迫もあったには違いないが、この屋形の主君の所為《しょい》が、専らその因をなしていたといっても好い。人の好い主君は、阿諛《あゆ》する旧臣下や芸人の輩《やから》に取巻かれて、徒《いたずら》に遊楽の日を送り迎えていた。またそれよりもわるいのは、いろいろの女性によって家庭の乱されたことである。禍の種はそこにあった。維新後二十年はそれでもどうやら因襲の生活をつづけていられたが、それを過ぎるといよいよ没落の時期が来た。露命をつなぐにさえ事欠くようになったのである。有志の人々が世話をして、毎日わずか
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