き乗せられ、そして本藩の城下の町々を引まわされた。土地の人はそういう風に伝承している。鶴見はこの伝説を聞いたとき、テニスンに似寄りの詩があったことを想起した。テニスンの詩は、サアジェントとか何とかいったような、どこやらの市の長が妻の不倫に対する懲罰であったように記憶している。東西同事だと思う。
 こうやって裸体のまま引廻された八重垣姫は、その城下から封地《ほうち》の屋形に連れ戻されることになり、馬は姫を載せて本居の城あとの見えるところまで進んできた。そこには一筋の川が流れていて、小さな渡船で人馬をわたすのである。馬からおろされた姫は向うに見える城あとの樹立《こだち》をじっとながめていたが、遽《にわか》に気をあららげて、腰に手をやって、「こんなものが今更何になる。益《やく》にもたたぬものは邪魔になるばかりだ」といった。その時|擲《な》げ棄《す》てた一片の布を、ちょうど川岸に枝を伸していた松が受けとめたというのである。渡し場の目じるしとして立っていたその松は今に残っていて、脚布掛《きゃふが》けの松と呼ばれている。
 殿の屋形に著《つ》いてからの姫は日夜|拷問《ごうもん》の責苦《せめく》に遇
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