自の顔を見て、「あのね。家隆《いえたか》卿の歌にこんなのがあるのだよ。いいかね。――花をのみ待つらむ人に山里の雪間の草の春を見せばや。これなら分るだろう。雪間の草の春と一纏《ひとまと》めにいって、それを都の人々に見せてやりたい。実に好いじゃないか。どうだね」といって、ひとりで感心している。
「わたくしなぞには歌のことなんか分りっこはございませんが、そう仰《お》っしゃられれば、好い歌は好いと思われますね。」老刀自はしかたがなさそうに合槌《あいづち》を打つのである。
「それで好いのだ。その上に無理に詮索するにも及ばないが、おれには少し思いついたことがあるよ。」
鶴見はそういって置いて、この「見せばや」を問題に取り上げて、歌の成り立ちに関する考をやさしく分らせるにはどういう風に述べて行ったものかと、しきりに思案している。その見せてやりたいという相手は誰だろうか。歌の表の都の人々よりも、先ずもって作者自身ではなかったろうかと思って見る。そこが眼目だと気がつく。気がついて見れば、それでも解決がついたようなものである。「雪間の草の春」は陣痛の苦《くるしみ》を味って自分が生んだ胎児にちがいない。血
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