になってから、いつかしらに独語をする癖がついている。いつもは口のなかで噛みつぶしているのであるが、今思わず「芸術」という語に力を入れた。それでその言葉がかれの口を衝《つ》いて洩れてくる。老刀自はまたかと思って、取り合わずに、老眼鏡をかけて針のめどに糸を通そうとして熱中している。
鶴見はなお思いつづけながら、俄《にわ》かに気を交《かわ》して、娘の方に振向いて、「さあ。どうだろう。少し休んで、あの梅の枝を手折《たお》って来てね、ちょっと工夫して、一輪《いちりん》ざしに活《い》けて見せてくれないか。」鶴見はそういい放して置いて、自分は自分で、やはりさっきからの考を追っている。娘というのは静代といって養女である。夫婦とも老年になるばかりで、子がないのを苦にして、あとの事など思い詰めたあげくに、この四、五年来家事の加勢に呼寄せていた曾乃刀自の姪を籍に入れたのである。老刀自が華道に専心して忙がしがっていたのを助けて来ただけあって、花も相応に活かるようになっている。静代は鶴見に花を活けて見せろといわれたのを面倒がりもせずに、仕事の手を休めて、ついと庭へ下りて行った。
鶴見はほほえみながら、老刀
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