にも見たのである。
「おれの生涯は敏慧で親切で寛容な夫人の優雅な言葉を縫糸《ぬいいと》にしてはじめて仕立てられた一領の衣である。おれにはそう思われて仕方がない。清新と自主と自由とが縫い目縫い目に現われている。野性に圧された重たい麻衣の上に少しばかりの柔靭《じゅうじん》さが加わったとすれば、あの不思議な縫糸と自然な運針とを仔細《しさい》にあらためて見ねばならない。そこにはあの奥深い情味のこもった宗教の香味がそこはかとなく匂っているのである。
 冥々《めいめい》の化ということがある。夫人の長い生涯の間の感化がそれである。いつとは知れず、その感化がおれの体に浸み込んだのだ。そしてそれが冥々の裡《うち》におれの思想を支配していたのでもあったかのように反省される。この夫人ならおれの生母のいきさつをも熟知していたかも知れない。おれはおりおり聞いて見ようとしたが、口には出せなかった。おれにはつまらぬ片意地がある。それでいつも損ばかりしている。夫人は不幸なおれの境遇をよく知っていたので、余計に孤児としてのおれを憐んでいたのかも知れない。」鶴見はそう思って、この夫人に特に感謝の念を致しているのである。

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