などには乗れそうもない。是非馬車が必要になるといって、皆あきれて、あとでは笑いこけた。それほど偉大な怪物であったのである。父もたった一度身につけたなりで、またと再び大礼服に手を通すことはなかった。
父は出世するだけ出世して罷《や》めさせられたのである。それを非職と称していた。その後は嘱託という名義で、仕事はこれまでと余り変らずに、主として地方への出張を続けていた。もちろんそれも四、五年の間であった。
姉は父の全盛を見て国へ帰って行ったのである。暫くの間であったが、風月《ふうげつ》の洋菓子などふんだんにあった。ボンボンといって一粒ごとにいろいろの銘酒を入れた球状の菓子もある。父はそんなものには目もくれず、カステイラなどはいつでも黴《かび》が生える。それでも手をつけさせなかった。家族のものは勿体《もったい》ないといったが、どうにもならない。
官制の改革は多数の犠牲者を出した。安穏《あんのん》に眠を貪《むさぼ》っていた官吏社会をはじめての恐慌が襲ったのである。維新当座どさくさまぎれに登用された武士階級中の老年者とか無能者とか、たいていそういう人々が淘汰《とうた》された。そういう人々の
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