――それは何ね。――お餅です。――何をしているの。――鎌倉の伯母さんとこに送ります。――あら、たったそれだけ。――伯母さんとこは三人ですから。――うう、ではそれでよいのですね。)
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南無、南無。
三昧の夢の法界に、生死を繰り返す無尽性に、固定を通ずる無礙性《むげせい》に、その真実性に、われらは帰依《きえ》し奉る。
われらはまた執著と浄念との諧和を、永遠を刹那に見る輪廻《りんね》の一心法界を、絶対にして広大なる理智の徳を、真言を、創造を、獅子の活力と精神力とを、自然に周遍する白象の托胎性を、ここに斉《ひと》しく崇《あが》め奉る。
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後記
『藝林間歩《げいりんかんぽ》』に「黙子覚書」を寄稿し、十回に及んで一先ず完了を告げた。完了といっても実はどうして結びがついたのかわからぬようなものである。しかしここまで老の身をいたわり、励みをさえつけられて、その成就をよろこばれたのは野田宇太郎さんである。野田さんに対しては、何を措《お》いても感謝せねばならない。野田さんはまたこれを一書にまとめる計画をたてられた。書物としては題名を第十回の小見出しである「夢は呼び交す」を採って改め、従って「黙子覚書」は副題として残すことになった。そして野田さんは何か後記を書いたらばという。
さてここに、あとがきようのものを書き添えておこうと思って、ペンはとりあげてみたものの、実のところ書くべき事がらが見当らない。それでは言いたいだけは本文に書いてあるかといえば、必ずしもそうでない。どこもかしこも穴だらけで書き足らぬがちである。それではその書き足らなかった理由でもちょっと歌っておけばよいではないか。そうもおもわれる。だがそんなはっきりしたわけなどと、やかましく肘《ひじ》を張ったものが、最初からあったかどうか、それさえ疑わしい。いかにもおかしなことだ。『藝林間歩』の野田さんから手をひかれ肩を押されてやっと十回分の文章を綴ったからには、野田さんの情誼にむくいるところが少しでも欠けていてはすむまい。
それは勿論のことである。さればこそ不馴れな仕事を、中途で止めもせずに、一応はその責を果しはした。ただ無計画に筆をつけはじめ、勢いに駆られてめくら滅法に書き了《おお》せたというに過ぎない。終始漫然として断片的な資材を集めたに過ぎない。釘も打たず鎹《かすがい》もかけていない。すぐにばらばらに崩壊する危さによって、その危さだけが逆に前後の文章を支持しているかに見える。
ひとくちに冒険といえば冒険であろう。綱わたりであろう。わたくしはもとよりそういうことを気にしつつ書きつづけたのである。
断片に断片が積み重なる。暗い一個の星の誕生を受けいれて、幼年時、少年時、青年時の追懐を、世相の推移と、それが現在の生活につながって起伏を見せているすがたとが、ただ漫然と描き出されている。漫然というよりもむしろ雑然としてきまぐれに点滅するおぼつかない燈火である。そこには人間像を構成するプロフィイルすら現われてはいない。すべては小さな行為のグリンプスである。しかしここで仮りに救って考えれば、一閃《いっせん》の光線によって照しだされたところに脈絡がある。統合がある。わたくしはいつになってもこの断片的なものを溺愛する。
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恐ろしいちからで虚空を押移る鱗雲《うろこぐも》、
西から東へ沈黙の颶風《ぐふう》が歩む、
進み、躍《をど》り、飛ぶ、さあれただ押移る。
そこには無礙《むげ》の混雑と不定の整調、
鵠《こふ》の鳥の光明の胸毛《むなげ》――その断片。
見えざるちからはいつも断片を溺愛し、
恋ひ焦《こが》れ、引裂き、うち※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り、統合す――
残酷な荘厳、そしてまた陶酔の妙音。
真我の極《はて》へ、中心へ、虚空を押移りつつ、
無数の雲の鱗がひたすらに燃えてゆく。
[#ここで字下げ終わり]
こんな詩句を昔書いたことがある。今においてもその思想に変りはない。わたくしはわたくしの魂を粉にくだくのである。
つまるところ、焦土の灰から更生し出現したわが身であり作品であってみれば、そしてそれを一個の焼けただれた壺として見れば、その壺のおもてに、わたくしはあの深重な肉霊の輪廻をまざまざと知覚するのである。死灰から更生した壺の胴まわりには怪獣と夢想の花のアラベスクが浮きだされている。円環はつながってはてしもない。凝視すればするほどその壺は廻転の速度をすすめる。
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われも又さながらにその壺に入る、
壺に入り、壺に収まり、壺となり、壺と目醒む。
火に媚びる蜥蜴《とかげ》と殻《から》を脱ぐ人魚の歌と、
日々夜々に爆発する天体の烽火《のろし》と、
それ等はすべて壺
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