る。二葉亭氏はこの作を假りて第二の讖悔を試みたのではあるまいかと、わたくしは更に想像しても見たのである。この作中には隱れてゐる二葉亭氏の面影は、決して沈默の威壓感を起させるものではなくて、却て眉根に憂愁を帶びて自己の不安を語るものゝ如く思はれたからである。
謎はどんな場合でも不氣味な匂ひのするものである。謎の人の書いた謎の作に一種不氣味な感を伴ふのは免かれ難い。「その面影」とても同じことである。この作は人生の陰慘なる哀愁を主調としてゐる。そこには何處まで行つても脱け切れない妄執がある。わたくしはもつと沈鬱痛切なものを望んでゐたが、それは期待するものゝ認識不足であつた。二葉亭氏の藝術的生涯は實はこゝで完成してゐたのである。これを二葉亭氏の飜譯に對する態度と比較すれば、氏は飜譯のをりには寧ろ全力を擧げてこれに臨んでゐたやうに思はれるふしがある。氏の志士的風懷はこの飜譯の筆に托せられてゐたのではなからうか。あの獨特な口語體の文章もこの飜譯によつていよいよ磨かれてゐたのではなからうか。わたくしはそれにつけても矛盾した性格を有つてゐた二葉亭氏の苦悶と運命の皮肉とを、今更の如くつくづくと考へてみ
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