影」が出るまでには凡そ二十年を經過してゐる。隨分思ひ切つて長かつた沈默である。これがわが文壇に比類のない沈默であるのは言ふまでもない。この間二葉亭氏には露國物の飜譯を除いて、その外には一篇の創作もなかつたのである。それにも拘らず二葉亭氏の名は漸く重きをなした。
ツルゲーネフと二葉亭氏、露西亞氣質と長谷川氏と、この二つを繋いで世間ではいろいろと推測した。氏に志士の風格があつたことは事實である。然しわたくしはそれに就て直接知るところがない。唯わが文壇が二葉亭氏に期待したのは、露國物の飜譯のみではなかつたと云へば足りるのである。二葉亭氏は露國作家の影ではなくて、矢張何となく人を威壓する二葉亭氏であつた。この沈默ならぬ沈默の間に、華やかな文藝界の革新と運動とが幾度か起つて幾度か仆れたが、二葉亭氏はいつも遠く離れてゐて、しかも近くわれわれの上に臨んでゐるやうであつた。
二十年の歳月を經て、やつと「その面影」が出た。文學嫌ひな二葉亭氏の第二の創作である。わたくしはこの作を讀んで、曩き日の「浮雲」の陰氣な曙光を顧るとともに、この度はそれがまた饐えた黄昏の光のやうであつたことを、私かに訝つたのであ
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