るのである。
二葉亭氏の功績の主要なるものは明治革新期に於ける新文體の創始である。よく撓んで、碎けてゐて、そしてしんみりとした特色のある文章のさゝやきは、絶えず深い意義をもたらしてくるやうにわたくしの耳の底に殘つてゐて、未だその魅力を失はない。二葉亭氏の實際の物の言ひぶりを聽いても矢張その通りであつた。氏はさういふ練熟した言葉で、死身になり果し眼になつて文學に從事することの出來ぬたちだと云つた。妙に眞劍になれない、それで困るのだと云つた。筆を執つて紙に臨むと、何時も弱身がさすと云つた。今まで文學が嫌ひだと廣言したのは自ら欺き世を欺く言ひぐさで、實はこの弱所があつたからだ。これがまことの讖悔だと云つた。わたくしは二葉亭氏の言葉の意味をこゝで強いて尋ねるものではない。わたくしは唯その言葉の調子に魅せられたと云へば足りるのである。碎けたうちにも確かな、不安なやうでしかも自信の強い調子であつたと云へば足りるのである。
底本:「明治文學全集 99 明治文學囘顧録集(二)」筑摩書房
1980(昭和55)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「飛雲抄」書物展望社
1938(昭和
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