《はなは》だ力《つと》めたりといへども、こころよく笑ひゆく彼等に続くあたはずして、独のこされしことの殆夢のごとかりき。いな、これより二時《ふたとき》ばかりを熟睡のうちに過したるなり、醒むれば雑草ふかく鎖《とざ》せる、荒屋の塵うづたかき竹椽の上に横れる。
ああ、まのあたり何等の活図画《かつとぐわ》ぞや! 今や天地は全く暗黒の裡を脱して明麗なる朝の景を描き出だす。簇々《むら/\》とまろがりゆく霧のまよひに、対岸の断崖は墨のごとく際だち、その上に生ひ茂る木々の緑の霑《うるほ》へる色は淀める水の面なづる朝風をこころゆくばかり染めなしたり、川くまを廻り来る船は苫《とま》をかかげて、櫓声ゆるく流を下す、節おもしろき船歌の響を浮べ、白き霧は青空のうちにのぼりゆく、しかも仍《なほ》朝日子《あさびこ》の出でむとするに向ひてかの山の端を一抹したる、看るからに万物生動の意はわが霊魂《たましひ》を掩へる迷妄《まよひ》の雲をかき払ひて我身|宛《さなが》ら神の光のなかに翔《かけ》りゆくここちす。すなはち自然の秘をさぐる刻下の楽《たのしみ》は、わがつかれ[#「つかれ」に傍点]とうゑ[#「えゑ」に傍点]とを忘れしめ
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