、かつがつうちしめて滅し去る、怪みて人に問へば、これ各《おの/\》わが家の悲しき精霊《しやうりやう》の今宵ふたたび冥々の途に就くを愴《いた》み、そが奥津城《おくつき》どころに到りて「おくり火」焚くなりと教へられし一夜をわれは牧島村長の小高き阜《をか》の上の家に宿りたりし。
 いで、次に松浦川の流はそも如何なる風色をか呈し来る。伊万里の東二里ばかり、桃川の宿あり。南より流れ落る水は滝つ瀬をなしたるが、ここにて、その響のたゞならぬを聴く、これ松浦川の上流。
 山間の冷気は夜松浦川の渓を襲ひ、飽くまで醸しなされたる狭霧は恰も護摩壇の煙のごとし。そが中に屡々《しばしば》悪魔のごとき黒山の影の面を衝いて揺くに駭《おどろ》きつ。流を左に沿ひて大河野《おかの》に到り、右に別れて駒鳴の宿に入るや既に深夜を過ぎたり。駒鳴峠の嶮坂を越ゆれば、松浦川の支流なる波多川《はたがは》の沿岸に下るをうべし、われは新開の別路を択《えら》べり。篝火《かがりび》の影の濃き霧に映ずるところ、所々に炭坑を過ぐ。夜はいまだ明けざるなり。途にて荷車を曳きゆく老爺と、うらわかき村の乙女の一隊との唐津《からつ》へ出づるに遇ふ。我は太
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