ところ、慕へる人の面影は見るあたはず、あだ波の寄せては返す小島の渚に転び伏し、声をのみて嘆けどもすべもなく、滂沱《ぼうだ》たる涙にあらはるる身は、さながら一塊の石と化したりきと伝ふ。
また本社の拝殿に一の扁額をかかぐ、神庫に蔵《をさ》められし小鷹丸の艦材を刻めるものなり。この艦《ふね》、文禄征韓の役に用ひられ、迅速なること神のごとかりしかば、豊太閤あやしみて、これを神庫にをさめきといふ。一片の扁額、なほ当年の遺物たり。そも名護屋の古城趾は如何の観かある。
呼子より殿の浦の背後を上り、やがて名護屋の渡りに下る湾頭きはまるところ更に入江をなし、あひせまれる両岸の崖は、影を清き潮に※[#「くさかんむり/(酉+隹)/れっか」、第3水準1−91−44]《ひた》す。涼風は漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《さざなみ》を吹きよせたり、渚のさざれは玉よりも滑かなり、眠れる渡守を呼び醒し悵然《ちやうぜん》として独り城山に対す。この時、「荒城臨古渡 落日満秋山」の感慨|荐《しき》りにうごくといへども、あにさばかり意気の銷沈したるものあらんや。
さあれ、城山に登りて見る、本丸、二の丸、三
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