きはその伝説なり。また古人が、かかる洞窟にかかはる想像のいかなるものなりしかは知るに難からじ。
「七ツ釜」にあそぶには、呼子《よぶこ》より船をやとふこと便なり。「呼子、片島、殿の浦」――まづ、その調子の盛んなるに聴けば、ほぼこの港の状況も察せらるべし。加部《かべ》島は湾口をおほひて風波をさへぎり、雅致ある鷹島には私立の燈明台そびえ、弁天島、小瀬戸を界として名護屋港に連り、海深く、潮あぶらのごとし。今は商権殆ど唐津に移れるより、昔時の繁盛を見るなしといふ。されども夕に、燈《ともしび》の紅なるもの波にくだけて、かれは片島(加部島の一端)、これは殿の浦、呼子とあひ対して、絃歌の興は舟人の酔をたすけたり。もしそれ、夜半の月、檣《ほばしら》のうへに傾く時、この景にむかふもまた一脈の情致なくばあらず。
あしたには霧あはくかけわたす、加部島をながむれば、模糊たる影、水彩を薄絹にほどこせるがごとし。ゆふべには大気さわやかなり、外界よりたえず吹きくる軟風は最も呼吸にかなふ、鷹島の側面は狂瀾のあと弧を描きたるが、やうやく黄昏のかげを含み、嶺《いただき》に建てる燈台の光は疾く夕庚《ゆふづつ》とかがやきを争
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