は矢よりも疾し。舟は※[#「倏の犬のかわりに火」、第4水準2−1−57]《たちま》ち暗黒の裡に衝いて奔り、人は急転の勢を制する暇なく、以上ただ運命の司配に任すありしのみ。いよいよ深き所に到れば、一異人の遮りて大呵するに遇ふ、曰く――ここより進まば再び世に帰ることあたはざらむ、爾《なんぢ》はすみやかに黄泉の国に到らむなり、やよ、舟をかへせ。と漁夫はその語《ことば》を聴くやすでに魂魄《こんぱく》のあるところをおぼえず、夢のごときものわづかに醒むれば、この時彼が身はもとの浜べに、しかも恙《つつが》なく、しかも乗れる舟は朽ちて、――朽ちて、土よりも脆きなり。その悦ばしさとこの訝しさとに、浜の真砂路も蹈《ふ》み迷はれて、彼はただちに村に入る、光景の何ぞ全く変りはてたることや、世の転変は一日にして見られたるなり。されば、家どころも索《もと》むるによしなく、途に逢ふ人々の怪しむさまは著《しる》きに、はじめておのが姿をみとめつつ、白髪の地に曳くばかりなるを撫し、かばかり老いさびたりしを駭《おどろ》くに堪へざりしも、理《ことわり》なり、とく千年の日月はこの翁が冒険の夢の裡に過ぎ去りにき。――と、上のごと
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